大阪地方裁判所 平成4年(行ウ)59号 判決
原告
劉魯亜
右訴訟代理人弁護士
上原康夫
同
竹下政行
被告
大阪府公安委員会
右代表者委員長
浦濱恭一
右指定代理人
草野功一
同
山田敏雄
同
有田知章
同
毛利仁志
同
平塚勝康
同
森源一
同
上野行男
同
寺本英司
同
府川一志
同
伊藤正明
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 〔証拠略〕によれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 原告は昭和二七年一一月九日生まれの中国人女性であり、昭和六二年七月大阪外国語大学において研究をするために来日し、昭和六三年七月から京都大学経済研究所の研究員となったが、その後同研究所を離れ、同年一二月から社会科学評論雑誌社の記者となり、平成元年四月一二日、第二の一記載の犯罪に遭遇した。
その際原告が被った傷害は、前頸部打撲、両膝打撲とそれに伴う皮下出血、腰部打撲であった。
2 原告は、平成元年六月一五日、スーパーにおいて不審な行動があったことから吹田警察署に保護され、医療及び保護のために入院の必要があると認められて、精神科の病院である為永病院に入院した(精神保健法三三条の医療保護入院)。原告は、初診時は昏迷状態にあり、日常動作、摂食、歩行、着脱衣等はすべて介護を必要とする状態であったが、間もなく昏迷状態は消失し、同月一七日、本人の希望で一人で退院した。
その後、原告は、同月一九日から同年七月二一日まで同病院に通院していたが、不安、不穏、焦躁状態を訴え、右同日から同月二六日まで同病院に再入院した(但し、同病院に宿泊したのは同月二一日だけであとは外泊した。)。
その後は同病院に一か月に一度程度通院し、精神療法、生活指導、薬物治療を受け、平成二年九月五日まで通院を続けた。その間、原告は不安感や焦躁感を訴えたほか、耳鳴り、めまい、視力障害などの身体の変調を訴え、一時的に多弁となって攻撃的言動を取ったり、自己の要求に固執する傾向を示していた。
為永病院における原告の病名は、心因反応あるいは心因性精神傷害であった。
二 〔証拠略〕によれば、本件申請にあたり、原告は、障害の部位及び状態として、「昏迷、うつ、不安、思考混乱(意識が不明)」及び「左側腹部痛、肋間神経の損傷(不可逆性)」を主張したことが認められるところ、〔証拠略〕によると、後者の障害については、原告がこれを証するものとして提出した市立吹田病院整形外科の矢田定明医師作成の平成二年八月二二日付診断書(〔証拠略〕)には障害の程度は明らかにされておらず、むしろ被告からなされた右障害の状態に関する照会に対する同医師らの回答(〔証拠略〕)には、頸部痛、腰部、骨盤部痛の訴えがあるが症状は軽度であり、労災等級には該当しない旨が明記されており、また大阪労災病院整形外科の宮脇裕二医師作成の意見書(〔証拠略〕)にも原告の訴える左側腹部痛等は労災等級に該当しないと記載されていることが認められるから、右事実によれば、右障害が労災等級に掲げられる障害に該当せず、したがって法二条二項にいう「重障害」に当らないことは明らかである。
前者の精神障害については、令一条別表第一によれば、精神障害につき重障害に該当するというためには、少なくとも第三級の三の「精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当する必要がある。
三 そこで、以下原告の精神障害の障害の程度について検討する。
原告の障害は、前記一2のとおり原告が平成二年九月五日まで為永病院に通院しそれ以降は通院を止めているところからして右同日ころに症状が固定したものと認められるところ、原告の障害の程度につき「精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」との要件に沿う証拠として、<1>病名「心因反応」、「回復が不可能で症状固定の傾向があり、労働能力はないと思われる。」旨記載された為永病院の為永清吾医師作成の平成二年九月五日付診断書(本件申請に添付されたもの〔証拠略〕)があり、症状固定前の時点におけるものとして、<2>病名「心因反応(心因性精神障害)」、「障害等級三級に該当し、常時労務に服することはできないと認められる。」旨記載された為永病院の赤澤重則医師作成の平成元年七月二四日付診断書(〔証拠略〕)及び<3>病名「心因反応、神経症」、稼働能力は「不明」と記載された為永病院の室医師作成の平成元年一二月付医療要否意見書(吹田市福祉事務所長あて〔証拠略〕)が存在する。
しかしながら、〔証拠略〕によれば、被告は本件申請を受けて、障害給付金を支給するか否かについての裁定を行うため法一三条一項に基づき、原告に対し大阪労災病院において医師の診断を受けるよう命じ、これに従い原告は平成三年八月二〇日、同病院神経精神科を受診し、辻尾武彦医師の診察を受けたほか、その後同病院で心理検査、脳MRI、脳波検査を受けたこと、原告は同医師の診察に対して、頭痛、めまい、動悸、物忘れ、億劫、人と会いたくない等と訴え、心理検査に対しては検査そのものに拒否的な態度を示し、脳MRIには異常所見を認めず、脳波検査も正常であったこと、辻尾医師は以上の診察及び検査の結果から、原告を外傷性神経症と診断し、障害の程度については、労災等級一四級の九(局部に神経症状を残すもの)に該当すると診断したこと、被告は大阪労災病院に原告の診断を依頼するにあたり、為永清吾医師作成の診断書(前記<1>の診断書及び初診時から通院中の治療の内容や原告の病状の概要を記載した診断書)を参考資料として交付していたことがそれぞれ認められる。
このように、為永病院の医師が作成した前記の<1><2><3>の診断書等の記載と大阪労災病院の医師の診断との間には障害の程度に関する判断において大きな差異があるが、〔証拠略〕によれば、為永病院ないし同病院の医師は、被告から法一三条二項により原告の状態について報告を求められた際、同病院においては労災等級の判定が困難であると回答して障害の程度について明言を避けていることが認められる上、〔証拠略〕によれば、為永病院の医師が右診断書等に労働能力がない旨を記載するについては原告からの強い希望があったことやそのように記載することによって原告の精神状態を和らげる目的もあったことが認められるのに対し、大阪労災病院の医師は労災等級認定の専門家である上、その診断、検査方法に特段の問題は見られず、また被告から交付を受けた為永清吾医師作成の前記診断書の存在を知りこれを検討した上での判断であると認められるので、大阪労災病院の医師の診断を排除して前記<1><2><3>の診断書等を採用することは困難である。
また、為永清吾医師作成の平成二年一一月三〇日付診断書(〔証拠略〕)には、原告は、心因反応による抑うつ状態、精神興奮状態にあり、注意、観察能力、思考能力が低下しているが、運動能力と言語能力は普通で家庭内での日常生活は普通にできる旨記載され、同医師が前記<1>の診断書と同日付(同年九月五日付)で作成した医療要否意見書(吹田市福祉事務所長あて〔証拠略〕)には稼働能力は「軽労働」と記載され、さらに〔証拠略〕によれば、被告が平成三年二月二〇日に行った調査に対して為永病院の担当医は、原告は論文の執筆活動等の労働に就くことは困難であるが、単純で平易な労務に就くことは十分可能であると述べていることが認められるのであるから、為永病院の医師も原告に労務に服する能力が存在することを認めているのであり、したがって、右のような為永病院の医師自身の認識に照らしても原告に労働能力がない旨を記載した前記<1><2><3>の診断書等を採用することはできないというべきである。
そうすると、原告には「精神に著しい障害を残し、終身労働に服することができない」(令一条別表第一、第三級の三)程度に至る後遺障害すなわち重障害は存在しないというべきであるから、その余の点について検討するまでもなく、被告がした障害給付金を支給しない旨の裁定には瑕疵はない。
四 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 小野憲一 植村京子)